百害あって一利なし、は言い過ぎなんじゃないか。少なくとも、格好がつくときはある。指に乗せたタバコで。
タバコを毛嫌いする人に限って、意外とタバコのそばで暮らしている。禁煙したライブハウスの店長とか、ヘビースモーカーの娘とか。タバコに限らず、何かを異様に毛嫌いする人は嫌いなそれと一緒に暮らしているんじゃないか。俺は最近インターネットがとても嫌いです。
俺はずっとタバコに憧れている。
小学校から大学までずっと一緒いてばかりいた青木という男がいて、そいつの父親がドのつくフウテン野郎だった。金もなければ仕事もなし、それ以上にヤル気なし。ただ、ユーモアと人間味は大いにあった。あと本当に、絵のようにハンサムだった。
その青木父という人間は気遣いという概念のない国からきた妖精のような男だったので、小学校一年生の息子とその友人がニンテンドー64を囲んでいる横でも、窓一つ空けずにドカドカとタバコをふかしていた。働いていなかったが、咥えタバコでゲームには付き合ってくれた。そしてそういう大人は俺たち子供からは支持を得た。
中学生になって、高校生になって、学校ではしきりに「悪い先輩からタバコを勧められても断る勇気を持ちましょう」的なプロパガンダがなされていたが
「お前、(タバコを一本箱から覗かせながら)やんないの?」
みたいな、そんな屏風の虎のような悪い先輩はどこにもいなかった。少し考えればわかることだが、悪いやつはそもそも学校に来なかった。
なんとかして初めて吸う機会を得たのは当時付き合っていた彼女の家。その子の父親がタバコを吸うらしく封を切られたタバコがライターとセットでテレビ卓の上に転がっていたのを見つけ、火をつけて吸ってみたのが初めてだったと思う。
「へえ、お父さんタバコ吸うんだ」
とか言いながら。へえ、あんたもナナっていうんだみたいなトーンで。
医者呼ばれるくらい噎せた。その時はすっかり忘れていたんだけれど俺は気管支が弱かった。肺も弱い。痛くなるということは頭も弱かったらしい。
それから何回も吸ってみる機会はあったけど、全然ダメで、ここ数年でようやくやっと少しだけ肺にいれられるようになってきたくらいだ。
生きてると、年に数回くらいは「エモい」なんて俗な言葉でしか言い表せないような日に頭をぶつけることがある。ミスiDの入賞者一覧を見ていたら画面越しに元カノに笑いかけられた日とか。帰ってくるなり親父が泣きながら「会社を辞めたい」とか言い出した日とか。彼女が性病になった日とか。
そういう時にはいつも「タバコが吸えればな」と思う。どういうポーズでいていいかわからないとき、手にタバコでも持てれば格好ぐらいはつくよなあと。
思い出せば仲の良かったヤツはみんな何かしらタバコを吸っていたし、タバコの箱を見かけるとそれを吸っていた人のことを思い出したりする。俺がモメるといつも俺の肩を持ってくれてた英語の先生、そういえばラッキーストライク吸ってたのはミッシェルガンエレファントが好きだったのと関係あんのかな、とか。
ので、そういう距離感なので、たまに「一本ちょうだい」とか言ってタバコを強請りますが、吸えずに吹かしてるだけなので、嫌なときは断ってくれて結構ですよ。
かっこつけたいだけなので。