アルコール性急性肝炎で入院しました

「今すぐ入院してください」

 開口一番、医者にそう言われた。

 あの日記を書いた翌日、朝いつものようにトイレに小水をすると、便器にコーラのような濃い茶色の水たまりができていた。

 ぎょっとして、顔を上げて鏡を見たら白目が端の方からほんのり黄色く変色していた。ズボンを下げたまま一人「あ、」と声が思わず漏れた。

 中島らもの小説で、全く同じ件を読んだ憶えがあった。それは半自叙伝のような内容で、らもがストレスからくるアルコールの暴飲で遂に倒れ、肝硬変になりかけ病院へ担ぎ込まれる話だった。肝臓がやられると、ビリルビンだかという色素が血中にまぎれて黄疸が出るそうだ。自分に起きたのは、まさにその描写の通りの症状だった。

 こんなのは小卒でも埼玉県民でも歌い手のファンでも、誰もが知っているであろう常識だが、肝臓は沈黙の臓器と言われる、滅多に不調を示さない我慢強い臓器だ。いますよね、沈黙が美徳だと思ってる人。重大な問題を抱え込んで取り返しのつかないところまで黙ってるタイプの人。そういう奴が一番困る。勘弁してくれ。怒らないから言え。

 そんな沈黙の臓器がついに語りだしたわけです。それも饒舌に。

「自分、そろそろヤバいですよ」

 と。本当に早く言え。

 そうして行った循環器内科へ向かったのがことの顛末だ。

「肝臓のね、このALTって数値が40超えてるとマズいんですけどね」
「伊藤さんの場合は、2000を超えています」

 返事が出来なかった。一言だけ「え」と言った。人間て驚くと「え」って言うんだ、とか。この病院新しいなあ、とか。関係のないことを思っているうちに、自分の肝臓がどれだけ危険な状態かを先生は淡々と説明してくれた。内容はよく憶えていない。おいおい2000て、遊戯王カードかよとか思っていた。イエローアイズレバードラゴン。思ったには思ったが笑う気にはならなかった。言える空気でもなかった。

「命にも関わるので、今すぐ入院してください。大きな病院を紹介します」

 そう言われ、受付で6000円程を支払い外へ出た。さっきお茶を買いに行ったセブンイレブンの前で人々が行き交うのを見て、さっきまで街の一部だった自分が、なんだか急にすごく遠くの別世界に立たされているような錯覚に襲われ、クラついて病院の前でもう一回吐いた。吐いたが胃液しか出なかった。丸二日何も食べてなかった。

 肝硬変なのかガンなのか肝炎なのか何なのか、まだはっきり検査しないとわからないということで、帰宅するなりすぐ身支度をし家を出た。不安だった。普段「まあこんなに楽しくやれてるんだから、死んだら死んだで別に後悔もないよ」なんて言ってたくせにいざこうなってみれば、死ぬのは怖いと思った。怖いというか、まだもったいないなと思った。情けないな、とも思った。かっこわるいね。

 最近の俺は毎日すごく楽しくて、いつでも会いたい友達が何人もいるし話したい事もまだたくさんある。いつも会う4人から、昔からの7人、なかなか会えないたくさん。もう会えない何人か。いつか会えたらいい人たち。

 そう思えば、高校の時も一回病気の疑いがあって「命に関わるかもしれない」となった時は逆に心底ホッとした憶えがある。ああ、もう俺こんなつらいの頑張んなくていいじゃん。リタイアの建前できたな、と。

 家を出る準備をしながら、自分のせいで迷惑をかけてしまいそうな友人たち、とりあえずわかっていることだけは伝えた。

 必要以上に心配されたり、笑ってくれたり、意外と伝えないといけない人が多かったり、なんか泣きそうになった。いや見栄張った、泣いてた。

 俺は特に人に何もしていないのに、優しい事ばかり言われてしまって、情けなかったり驚いたりありがたかったり、とにかくいろんな事を考えた。

 このサイトは、友達同士で自由に日記書いて遊ぼうよって、そういう趣旨で始めたサイトなんだけど、ここにたまに日記書いてくれてる稲荷直史っていう奴がいて。そいつはリコチェットマイガールっていうバンドをやっていて。去年の暮れに知り合って、俺なんかはとても偏屈だからなかなか人と仲良くなれないんだけど、稲荷とはすぐ仲良くなって。家が近くて。いつも一緒に飲んでいて。すげえ人に優しいのに自分を好いてくれる女の子にはなぜか不器用で。何でも話を訊いてくれて、なんか良いところ挙げるとキリのないやつで。そんなことを書いていると涙が止まらないので、ここら辺でそのことは一端切り上げるとして。その稲荷に連絡をしたらすぐに

「病院どこ、ついて行こうか?」

 と言ってくれて、迎えにきてくれた。

 顔を合わせて開口一番

「さて、魚民にする?それか王将?」

 なんて下らん冗談も言ってくれてその時点で俺はなんか笑いながらまた泣いてしまって。稲荷が止めてくれたタクシーに乗り込んですぐ病院へ向かった。

 日曜日で道はいやに混んでいて、車内で稲荷と

「高くても40が2000ってヤバくない?対魔忍アサギかよ」
「お札にしてもらえばいいじゃん、2000円。伊藤の顔でさ」
「いいね、裏面は俺の肝臓なんでしょ」

 みたいなくだんないこと言ってたんだけど、稲荷も気が動転してたのか、俺が稲荷からのポジティブなフォローを期待して

「あー、俺ガンなのかなあ」

みたいな事言うと

「まー確かに伊藤ちゃんめちゃくちゃ飲んでたしねー」

とか言ったり

「親呼べって執拗に言われるってことはやっぱり危ないんかな」

に対して

「そうだね普通大丈夫だった本人だけで話済むしね」

 みたいな。そういう、そうじゃなくて、俺は「いやまだ20代だしガンはないでしょ!」「入院っていったら一応肉親呼ばれるでしょ!」みたいな!そういうフォローを待ってたのに不安を煽る煽る。返事をミスるミスる。完全に気が動転している稲荷。不安になる俺。黙り込む運転手。タクシーが川を越えた時窓の外をみたら、家族がバーベキューをやっていた。

 そうしているうちに病院へついた。MRIを取って、また血を取って、点滴をして、エコー撮って、正式な診断を待つ間不安で、稲荷と関係のない話をずっとしていた。

「退院したら何食いたい?」
「レバー」

「へー、この病院コンビニあるんだ」
「ストロングゼロどこ?」

 みたいなことを、ずっと。

 そういえば、昔稲荷が

「新しいMVどういうの作ろうかなあ」

 とか言っていた時

「稲荷がさ、診察室で末期がんを宣告されたところから映像が始まって、一日普通に暮らしてぶっ倒れて曲が終了するMVとかどうよ」

 みたいな話をした憶えがあった。

 ついに呼び出され、診察室でエコーだか何かの図と血液検査の数値を見せられながら担当医の説明を受けているとき、そんなことを思い出した。俺は情けないくらい臆病者だからあんまりにもドキドキしてたから、考えまいとそういうことをずっと頭に浮かべて気を麻痺させていいた。

 結論から言うと急性肝炎らしい。ここ数年の毎日のアルコールと、ここ一ヶ月の多量飲酒が原因らしい。肝臓の大部分がやられているそうな。

 運が悪いと、原因不明の劇症肝炎というやつになるらしく、かなりの確率で死ぬらしい。ちなみに俺は運が悪い。

 診察室を出て、少し稲荷と話してなんだか安心して泣いてしまった。稲荷は困っていた。

 稲荷は何から何まで、面会時間ギリギリまで付き添ってくれた。

 

 頭の中で、稲荷のエスケープと、セツナブルースターの四度目の青春。あと自分が昔バンドやってた時に作った曲がずっと頭の中で流れていた。

 やっぱり友達の歌ってすごく良い。

「レビューに主観なんかいれんじゃねえよ」

 ってよく言われるけど、主観がなかったらもうそれはなんでもないんじゃないか。俺じゃないんじゃないか。俺は稲荷の曲はそのままで好きだし稲荷の事が好きだからなおさら好きだ。あいつの詩はなんだか妙にあいつっぽくて匂いがして、それも込みで響いてしまう。私情でしか言う事なんか無いよ何も。

 セツナブルースターの四度目の青春は、子供の時から大人になって病気になって、いろんな人に生かされて愛されていたことを今更思い出して、それからのバンドの立ち行きのことを歌った歌で、僕の曲を良いねって言ってくれたのは小学校の時から一緒に野球やってたお前だったね。って歌なんだけど、これを聴くたびに昔自分がバンドやってた時に、ずっとドラムとベースだけは俺の曲好きだよって言っててくれたのを思い出す。ありがとうとかごめんとか色々思う。ありがとうの方が多いけど。

 以降のことはまた明日にしようと思う。日記、これは俺の日記だし。

 とにかく、元気です。wi-fiがないのに記事書けません。あと入院費が心配なくらい。いくらかかるんだ。

 みんな健康診断たまには行こうね。

 それでは。

-雑記

1991年8月4日生まれ。獅子座のO型。