沈黙恐怖症

 自分でも馬鹿馬鹿しくて嫌になっちゃうんだけれど、一対一で誰かといるときの無言が怖くて仕方がなく、会話のラリーを終わらせないために、ちょっと考えればわかるような事とか本当は心底興味がないようなことを相手に投げかけてしまうんです。

 そうして気が付くと自分ばかり喋っていて駅を降りて家に帰る道で「なぜあんなことをおれは言ったんだ」「相手は今日楽しめただろうか」「いやきっと貴重な休日におれなんかを誘ったことを心底後悔しているに違いない」と道端に座り込んで頭を抱えそうになるのです。なりませんか?ところで抱きしめてくれませんか?

 おれにとっての会話はテニスのラリーみたいなもので、自分の打ち漏らしでそれがストップしてしまうと相手に15ポイント入ってベストオブワンセットマッチ、青学サービスプレイ。人といる間おれは常に片足スプリットステップで球に食らいつき続ける状態。つらいです。

 試合中はあまりにも必死で、後々ゲーム内容を思い出そうにも自分が何を言い放ったか全く思い出せず

「最近血便が出て『あれ、ついにアタシにも生理が?やだこれからはちゃんとゴムしなきゃ』みたいなことを思ったよね」

「へえ、浦和に住んでるんだね。あそこって団地と差別とサッカーボールしかないって訊いたんだけど本当?」

「子供って痛覚ないらしいから本気で蹴ってもいいんだってさ」

 ”そういったことを言ったなそういえば”程度に夢中で口にした発言が後々になって断片的にやってくるのです。どういう文脈で生まれたリリックかはおれにもわかりません。これはフリースタイルラップ。チャレンジャーはおれ、モンスターもおれなので。

 おれはそういう人間なので、そうじゃない人たちがとてもうらやましいし、うらめしい。

 こっちがラリーを終わらせまいと相手に打ちやすい球を選んで返球し、どんな鋭いコースにも泥にまみれ打ち返しているというのに、当然の顔で目の前の球を無視するやつ。無視した上で「早くサーブ打ってくんない?」みたいな顔するやつ。すごくうらやましい。うらやましい。うらやましい。

 複数人の時はさらにそれが顕著で、おれなんかは別にその会の主催でもないクセに集まりの会話が盛り上がりを見せないと

「ヤバい、なんとかしなくては…!」

 と変な強迫観念に駆られて一人で必死になって喋る喋る。その場が楽しくなるのならどんな身の切り売りだって厭わない。「母親がイボ痔です」みたいな話も平気でする。身体を痛めてもお酒を胃に詰め込んで考えるより先に口を動かすのです。

 そんなおれを尻目に、喋ったり喋らなかったり、笑ったり黙り込んだりできる人。すごいうらやましい。自然体でかっこいいとすら思う。翻って自分がすごく馬鹿馬鹿しくてかっこわるくて惨めで滑稽で最悪でなんだか笑いながら泣きそうになるんですよね。

 自分でも「別に会話が続かなくなって盛り上がらなくなっておれ一人の責任じゃないじゃーーーん」なんてこともう10年も前からわかっているんですけど身体が口が頭がいう事を利かなくて結局おれは昨日も今日も明日も馬鹿みたいにしゃべり続けるんです。家に帰って頭をかきむしるのです。恐れることに理由なんてないんです。おれは鏡台とトイレを流す音と沈黙がなぜか怖くてしかたないんです。しかたないのでしかたないんです。

「なにか質問はありませんか?」とか何かの節に言われると、別に気になってないことなんとなくわかっていることを尋ねてしまうし「伊藤くんってホント面白いね」なんて言われるとプレッシャーで叫びながら店を飛び出したくもなります。なりませんか?みなさんはなりませんか?

 ところで抱きしめてくれませんか。

-雑記
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1991年8月4日生まれ。獅子座のO型。