「来世は野良猫になりたい」とか言って

 正常な19歳だったぼくはただただセックスがしたかった。当時の交際相手に浮気の事由を尋ねられたリ、自分で自分を悪人と思いたくなかったりで、その感情に対して様々な理由や理屈、建前といった類のものを用意してはみたが、今思えばそれはハリボテの鎧にしか過ぎず、女性からの叱責を受け止める強度もない上に、自らの動きを制限し息苦しさを招くばかりのシロモノであった。自らが助かるための論理は分別不能のゴミだ、という信条のみがそこから得られた唯一だった。

 金を払えばキスとかそれ以上のことができる、なんてことはもちろん知っていたが、当時のぼくは交通費ばかりかかる家庭教師と、高々¥1100/1hで昏倒するまでキャバ嬢と自称社長の軽犯罪者に鏡月を飲まされる仕事によって生活の全てを賄っていたので、払うお金もなければ気乗りもしなかった。19歳なんていうのは、まだ人間の幼虫みたいなもので、愚かを押し固めて一応の手足を生やしただけの生き物だったが、金銭に由来するストレスを吐き出すために金銭を使うほどではなかった。ただ愚かさが半端であったせいで、冷夏の蚕よろしく今もまだ成虫になり損ねている。

 出会い系で知り合った女で、一週間ほどうちに寝泊まりしていた女がいた。たしかミサキちゃんと言った。ぼくは漢字どころかそのミサキという名前が上のものか下のものかも知らない。とにかくミサキちゃんと呼んでいた。

 韓国とのハーフで、話を訊くに親が親として機能しておらず、名古屋の風俗チェーンで勤務していたが、寮で同居していた女がたまに暴力を働くといってうちに逃げ込んできた。モーモールルギャバンが好きだと言った。

「やさしいよね」と二日目くらいに言われたときに胃の底にまあるい石が降りてきて、それが毎日少しずつ大きくなっていったのを憶えている。殴ったりしないだけで、ぼくがミサキちゃんを匿うことだって遠まわしな暴力なのになあと思ったり思わなかったりしていた。

 ぼくはいままで付き合った女の子とか付き合ってない女の子とかどっちとも言えない女の子とか、とにかく仕事など以外で女の子には怒ったりはしなかった。のだけれど、ある日バイトで酩酊したまま一限目の授業に出て酒臭いと追い返され這うようにして4階の自室までヨタヨタなだれ込むと、ミサキちゃんが知らない男とぼくのパソコンでニコニコ生放送をしていた。

 投げつけようと手に掴んだ玄関マットを持ったまま、二人と目が合った時、ぼくは何だかもう面白くなってしまって、エヴァンゲリオンの第3使途のように前傾姿勢で肩を落としたままケラケラと笑っていた。初見さんいらっしゃい、とでも言ってくれれば良いと思った。

 出ていくときにミサキちゃんは東京に行くと言っていた。理由は聞かなくても、ないことくらい察しがついた。一週間も一緒にいたのだから。

 最近共通の友人から「ミサキちゃん今SMクラブで働いてるらしいよ」と聞いた。その前は飛田新地、その前は歌舞伎町にいたらしい。若さとか粘膜とかを擦り減らして得た高給を、男とか、病院でもらえる薬とか、病院じゃ貰えないクスリとかにつぎ込んでいるそうだ。人の金使いにはぼくは何も言わないし、あまつさえ飯だの奢ってもらった身だ。何も言えない。

 友人は野暮なので彼女についていくつか尋ねたらしい

「今はまだ若いからいいけどこれからどうするの」

「看護師になりたくて勉強してる」

「だめだったら?」

「来世は野良猫になりたい」

 自分の事を何かの主人公だと思ってはいけないとまでは言わないが、それは酔ってはいけない種類のアルコールだとぼくはおもった。綺麗ごとで先延ばしにした未来は大抵汚い。

 

第一に、人は、他人を助けるためには、愚か者でなければならない。第二に、愚か者の助けのみが真に助けである。

――ベンヤミン-ショーレム往復書簡から カフカについて

-雑記

1991年8月4日生まれ。獅子座のO型。