就活生は入社に際して希望部署というものを会社に届けでるのだが、希望というのはあくまでも望みに過ぎず、多くの場合希望とは異なる部署へ配属される。というのが一般論である。
一番多いのは営業部署への配属らしい。昨日も、営業部署に配属されて二年目の友人から電話越しにそんな愚痴を聞いた。
「法務部を望んで入社したのに、やってることは小間使いだもんなあ。不満があるわけじゃないけど、なんかコレ違うよなあとか思ったりしちゃうよね」
ちょっとだけ、話を変える。
その昔、俺がまだ幼稚園児だった頃、手勢のうちにどこぞの川か海で釣りあげ捕獲したLv15のクラブがいた。ポケモンの話である。彼は「カニ」という名前だった。我ながら実に機能的なネーミングセンスだと思う。幼稚園帽の上から頭をなでつけてあげたい。
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カニは、仕事のできるヤツだった。いあいぎり、かいりき、なみのり。フラッシュとそらをとぶ以外の全てのひでんワザを習得した。立ちはだかる木が邪魔ならばカニの出番。岩がそうならカニの出番。海川湖カニの出番。俺のポケモンライフは何かとカニ頼りだった。20年越しに彼にお礼を言いたい。カニ、ありがとうな。
ただ、今思い出せば俺はカニの気持ちなんかこれっぽっちも考えていなかった。5歳だったから。人の痛みもわからないのに、カニの気持ちなんかわかるわけがない。アイツ、技のこり一つ「あわ」だったし。あわて、お前。
さっきの友人の話を訊いているときにそんなことを思ったのだ。カニにだって、ヤツなりに希望とかあったんじゃないか。俺は一度だってカニの気持ちを聞いたことがあっただろうか。
入社希望(いいつりざお)に食いつき、面接(フシギソウのやどりぎのたねとたいあたり)を通過して、内定(スーパーボール)を受けたカニ(Lv15)。
「タマムシジム前ぐらいにはキングラーになりたいッスよね、つるぎのまいとかかげぶんしんとか、あっ、ふぶきとかれいとうビームあたりもイケるんすよ自分」
とか言ってたのかな俺の知らないところで。とくしゅ50しかないくせにねアイツ。フシギソウやダグトリオがジムリーダーとかを倒してるのを見て「いつか俺も」って思ってたのかな。
「はっぱカッターやばくないすか?マチスマジでビビってましたよアイツ」
そうやって世辞を言いながらも、自分がなかなか戦闘に駆り出されないのに気が付くのにはあまり時間はかからなくて。
「まあハナダシティだしな。水ポケモンはこれからだよな」
なんて、自分に言い訳もするけど不安じゃないって言ったらもちろんウソだった。むしろ、不安だったからこそ心の中は自分の言葉でいつもうるさかったんだろう。わかっていた。けど、いざ、「いあいぎり」「なみのり」を言い渡されたときは、本当にめのまえがまっくらになった。ハサミの先が震えて、自分の身体じゃないみたいにかちかち鳴った。
「ちがいますって、あわですってこれ(笑)」
強がって思わずそう言ったけど、本当は涙が止まらなかった。こんなところだけ水ポケモンらしくって本当に自分がばかみたいだった。せっかくなら、なみにでものって逃げかえってしまうのもいいか。でも、どこへ?
学生時代過ごした自室よりも、気持ちはぐちゃぐちゃに散らかったまま、与えられた仕事だけはこなしていつか悔しいとか苦しいとかも思わなくなっていた。モンスターボールの無機質でざらざらした音に呼び出されるたびに、心まで無機質になっていくような気がしていた。少なくとも、同僚と言葉を交わす回数は減っていた。わざのPPは一度も減らなかった。レベルは30以上離れていた。
カニの気持ちを想像していたら、いつの間にかカニと俺が同化して涙が溢れそうになってきた。俺も思うところがあるから、泣いてしまう。
カニが自分の仕事をどう受け止めるか。それはカニに残された尊い自由だから、誰にも否定はできない。誇らしく思うのも、恥ずかしく思うのも彼次第だ。
ただ、カニがいなければ俺は、チャンピオンロードの奥で四天王を退けることも、ライバルを打倒することもできなかったのだ。カニがいたからチャンピオンになれた。
たしかにカニじゃなくて他のポケモンにひでんワザを覚えさせてもクリアはできただろうし、代わりがきかない仕事ではなかったかもしれない。けれど代わりがきかない仕事なんてのはこの世に数えるほどしかないと思うのだ。むしろ、クラブのレベルを上げてライバルを倒す未来はあっても、フシギソウに海を泳いでもらう未来はありえないんじゃないか。
自分が望んだ役割でなくとも、関わった一部が結果となってどこかに残ればそれはとても尊いことだ。きれいごとや言い訳を言いたいのではなくて本当にそう思う。
真面目な感じになってしまったので最後にカニの顔を見て幕を引きたい。
台無し。