AV女優の喘ぎ声を夜に聴いたせいです

 ちょうどハタチくらいの頃、近所の漫画喫茶で働いていた時の話だ。

 当時俺は夜勤を任されていて、後藤さんという8個上の先輩と深夜0時から8時間を守っていた。

 漫画喫茶のバイトなんていうのは、基本的に受付と掃除ぐらいしかやることがなく、自らをバイトと自称するのが恥ずかしくなるほど楽だった。それが夜勤ともなるといよいよやることが本格的にない。客の出入りが一度もない日もあった。働いていたころの記憶を思い出そうにも、後藤さんに教えてもらったオススメの漫画を読んだり、夕勤の人たちとネットゲームをしてたり、夜勤明けに思いつきで滝を見に行ったりしたことばかりが思い出される。楽しくなかった日々のことを思い出そうとすればちゃんと嫌なことばかり思い出せる俺なので、きっとあの頃のあの場所は本当に楽しかったんだろう。

 後藤さんはまさに頼れる先輩という感じの人で、割と真剣にバンドをやっていて、漫画と音楽が好きで、世話焼きでユーモアもあり、勤務中に何かトラブルが起きても頼るまでもなく後藤さんが対処してくれた。「まあ6年も働いてるからねー」と、いつも自嘲気味に笑っていたのを思い出す。

 ところで漫画喫茶には一定数、自慰行為を目的としてやってくるお客さんがいる。もちろん店員としてはあまり喜ばしい話じゃないんだけれど、注意しようにも現行犯逮捕は難しい。当時ハタチの俺は自慰行為にふける中年男性の背中にかける言葉を持たなかった。

 せいぜい俺たちにできるのは、会員情報に「射精歴 アリ」と追記するのが精一杯で、次回受付の際に

「あの… 当店は漫画喫茶として運営しておりますので猥褻な行為はお控えください…」

 と都度伝えていた。人の目を見て喋れなくなったのはあの時からかもしれない。それは、一番”猥褻な行為”に程遠い場所にいる禿げ上がった中年男性に聴かせる唄としてはあまりに悲しすぎる響きだった。意気揚々と3時間パックを頼んだお父さんたちが、俺の言葉一つで肩を落とし、ものの20分で帰っていく姿は見送るに堪えなかった。

 ある日60歳も過ぎてヨタついたおじいさんがお店にやってきて、3時間パックを頼んで店内一番奥のブースへとヨタヨタ消えていった。

「あんなおじいちゃんも夜中に来るんスね」

「お年寄りって夜は寝てるもんだと」

 みたいな話を後藤さんとしていたら店の奥から突然

「アンアンアンアンッ!!ダメッ!!イクイクイクイクッ!!イグッ!!」

 と爆音。ジジイ、深夜のデスメタル。

 さすがの後藤さんも飛び上がって二人でおじいちゃんのブースに駆け込むと、そこにはヘッドフォンを装備し、パンツとズボンを装備解除した老人。真剣な眼差しで射貫くディスプレイには裸の中年女性が顔を歪めて嬌声を上げる。あまりの絶景に「へえー人間歳を取ると熟女モノが良くなるんだなあ」と脳が自己防衛本能から勝手に現実逃避を始めていた。

 この青二才は使い物にならない、と判断したのか後藤さん。ブースに立ち入って状況を見渡すと、悲しいかなおじいちゃん、ヘッドフォンは装備しているのにPCの端子にジャックは刺さっておらず、悲しげに頭をもたげている。ジジイ、惜しい。なるほど、ヘッドフォンしてて聴こえづらかったから音量上げたんですね。なんでもいいから早く俺たちに気づけ頼む。

「あの、ヘッドフォン… ヘッドフォン…!」

 あんなに焦った顔の後藤さんを見たのはあの時が最初で最後だった。声をかけられたご老人は振り返ると一言

「ああ」

 と言って静かに音量を下げヘッドフォンのジャックを握った。

 下半身のジャックは、剥き出しのままだった。

-雑記
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1991年8月4日生まれ。獅子座のO型。