もっと気楽に生きなよ

 ここ二日間の休暇で溜め込んだ愛想も、出先で名刺交換や空笑いや相槌でもしていれば二時間足らずで出涸らしてしまう。たぶん、誰だってそうなんだろう。

 作った顔を突き合わせ、声のトーンを一半音上げ、やっとの思いで交換した名刺を持ち帰り、送るビジネスメールは返事を一つ返すにも堅苦しい前置きや敬語表現が求められる。あ、QR出すから読み取って。ありがとースランプ送っとくわーまたねーーーー で済めばいいのになあ、とお互いがお互いに思っているに違いない。

 ただ、ぼくらの肩の上には責任だの立場だのとなにやら随分重そうなものが積みあがっているし、礼儀やマナー、モラルといった首の締めあいが大好きだというサブカル女のような性癖を抱えた人たちが一定数いる。彼彼女らは自分の中に「社会人かくあるべき」という不文律を持つ。しかもそれは人によって定められているルールが違う。その見えないルールに抵触し怒りを買えば、ぼくらのバランスはいともたやすく崩れてしまい肩の上に乗っていた責任という重石に押しつぶされペシャンコになって死んでしまうのだ。用心をするに越したことはない。愛想を振りまき頭を低くするだけで命が守られるのだ。

 そんなことを考えているうちに挨拶回りは終わって、やっとの思いで事務所を飛び出し表情筋を緩めながら電車に駆け込んだ。携帯電話の画面を見ると、5分前に着信ありと表示されていた。たぶん、さっき名刺をくれたあの人だ。

 電車を出てすぐ掛けなおしてはみたが、返事はなく、要件がわからないまま相手からの着信を待つポーズになってしまった。「あ」と思った。

 ぼくはどうも電話を待つのが苦手で「なんの話だろう」「なんかまずいことをしたっけ」と、要件がわかるまでそのことでずっと頭がいっぱいになってしまう。

 連絡を待つのが怖いなんて、子供じみているなと我ながら思ったので、いつも入らなかった高そうなバーに入ってバランスを取った。一人で待つのが嫌だった。

 ウイスキーを勧められたのでそれを頼んで、ただ携帯を見つめながらシンと待っているとバーテンさんに話しかけられた。あまり話を踏み込んでくる人ではなかったので

「初めてですか?」

「そうですね」

 と、ワンラリーで会話が終わってしまった。僕が気難しい人のようになってしまい申し訳ないのと、逃げ込んだ先でもまだ誰かに気を使っているのがバカバカしいのとで、とにかく居住いは悪かった。携帯電話のまっくろな画面を見つめながら、それが光るのをずっと待っていた。

 隣の人が「もっと気楽に生きなよ」と後輩に言う声に、バーテンが「気楽ってなんでしょうね」と言うので、腹のなかで「鈍感か無責任か」と思った。

-雑記
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1991年8月4日生まれ。獅子座のO型。